質疑応答

Photo: Hideto Maezawa

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キーホン・ロウ:ここで残り15分となりました。フロアの皆さんから自由に質問や意見をお伺いしたいと思います。これはかなり重い内容のディスカッションになりましたが、プロデューサーやアーティスト、もしくは参加者としてのご意見を伺えればと思っています。どんな意見や質問でもお受けします。

参加者1:ありがとうございます。私は日本のジャーナリストです。とても刺激的なディスカッションでした。一番刺激的だったのはプロデューサー、アーティストでありながら言語を共有し問題を理解し合っているところでした。日本ではプロデューサーの言語とアーティストの言語が違うことが多く、別々の方向に分かれていってしまうことが問題だと思っています。私はいつも、ジャーナリストや批評家がどのようにアートや作品の創作のプロセスあるいは努力に関わっていけるのかと考えています。日本の状況については、私はどちらかというと悲観的です。シンガポール、香港、タイではいかがでしょうか? どのような関係を批評家と持っていますか、あるいは作り上げることができていますか? それはポジティブなものでしょうか、もしくは問題がありますが?

Photo: Hideto Maezawa

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キーホン・ロウ:ピチェさん、マークさん、どちらかお答えいただけますか? 2人の地元での批評家やライターの状況、そして今日話したような問題に彼らがどう関わることができているか。

マーク・テ
:マレーシアでは、ジャーナリズムとアカデミズムは非常に限られたボキャブラリーしか持っていません。マレーシアには舞台芸術を批評したり、歴史的に考えたり、理論化したりしている人は非常に少ないです。多くの場合、それを行なうのはアーティスト自身です。もちろんそれは、結局のところ、生産的なことでも健康なことでもありません。歴史的に非常にマイナーな例を挙げると、22年もの間、マレーシア最大の演劇批評家はクリシェン・ジットという人で、実際彼は重要な演出家でもありました。

結果的に問題になってしまったのは、彼が他人の作品の批評に時間をかけ過ぎてしまったことが原因で、かつ明らかに自分自身の作品の批評はできないわけですから、彼自身の作品がしかるべき批評を受けることができなかったということです。ファイブ・アーツ・センターのジューン・タンや他の何人かは、この問題に現在取り組もうとしています。どのように批評家を育てることができるのか、また、映画、演劇、ヴィジュアル・アーツ、建築、ファッションなどについて柔軟な見方をしているかもしれない20代前半の若い世代をどのように巻き込めるか、といった問題です。そういうわけでCritics Republicというグループが創設されました。これは本当にここ最近の取り組みです。過去数カ月で起きたことです。批評を真剣に行なうような出版物が存在する場所は世界に多くはないでしょうから、その問いは私たちにとっても現在進行中の問いです。

ピチェ・クランチェン
:プロデューサーとアーティストは同じ側にいます。だから批評家は非常に重要だと私は思っています。つまり、観客と批評家は別の側にいる。批評家は観客をサポートすることができるからです。観客はパフォーマンスを見た後、新聞や批評家の評価を読みます。批評家はその流れの一部を成しています。時として観客は批評家のことを誇りに思うでしょう。批評家が観客のサポートをするのは最も大事なことです。そして批評家はアーティストと戦う人たちです。アーティストが新しい作品に取り組むとき、あるいはある作品が完成したとき、彼らはアーティストを後押しするのです。そういうふうに思っています。

キーホン・ロウ:
状況はどこに行っても悲惨ですよ。批評家や書き手については、日本だけの問題じゃありません。どこでも同じです。私はジャーナリストに限らず多くの方から同じ質問を受けてきました。そしていつも、「あなたの仕事は書くことなんだから、めちゃくちゃいい文章を書いてください。そしてリサーチをしてください。あなたはレポーターではないのだから」と答えています。前に進むために協働して言説を作っていかなければならないのですから、個人的な感想だけを綴っているのでは書く資格がない。アーティストの仕事の全貌に文脈を与えて、観客やいろいろな人々の理解を助けるというのがジャーナリストの仕事であり、そのためのリサーチを怠って基本的なことさえ理解できていないようでは、仕事を辞めたほうがいい。この質問にはいつもこう答えています。他に質問や意見はおありですか?

参加者1:お答えにコメントだけさせてください。全く同意します。その通りだと思います。批評家の社会的機能というのは私たち自身が真剣に考えなければならない問題で、実際には自分たちの利益にしかならないような親密な空気感をアーティストとの間に偽善的に作り出すことが目的ではないということは意識しています。フレンドリーであるべきではないのです。日本にはそういうタイプの批評が多くあって、それは問題だと思っています。以上コメントでした。ありがとうございました。

キーホン・ロウ:これからあなた自身が始めること、あなた自身が責任を負って進めることかもしれませんね。前進するというのは、世界を変えようということではない。私たちはそんな幻想は持っていない。でも、それはあなたから始まり得るのです。ジャーナリストとして何かを書くたびに、あなたは私たちがまさに今話している変化に貢献しているのです。ご意見ありがとうございました。他に質問、意見などは? 丸岡さん、何かありますか?

Photo: Hideto Maezawa

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丸岡ひろみ:ジューンに話してもらったら? ソジには前回のセッションで話していただく機会があったんですが、ジューンとはまだちゃんと話していないので。彼女にとっての今回のプロセスの経験を話してほしいです。

キーホン・ロウ
:ジューンは『Baling』のプロデューサーです。プロセス全体から何を学んだか、プロデューサーとしての視点で彼女に話してほしいと丸岡さんが言っています。ジューンは質問を文脈づけてほしいと私に言っています。

ジューン・タン
:いきなり「何か面白いこと言え」と言われたみたいで(笑)。

キーホン・ロウ
:じゃあ、私から1つ質問をします。普段はコレクティヴのまとめ役であるあなたにとって、『Baling』の仕事をするとき、そのプロセスから得る最も重要なことは何ですか? そして作業を円滑にするために、何が必要だと思いますか?

ジューン・タン:はい、2つ言えることがあるんじゃないかと思います。プロデューサーとして、ある作品に関して、私の任務はその観客を探すことです。私は資金の出どころに関して問題を抱えたことはありませんし、方針と一致しないからといって資金を退けるというような厄介な役割を負ったこともありません。

キーホン・ロウ:一応ここは明らかにしておきたいのですが、私たちは資金の申し出を断ったりはしません(笑)。断りたくはありません。資金を受け取りたいんです。ただ、そのお金がどういうお金なのかを認識していなければいけないということです。

ジューン・タン:なるほど、そうですね。で、私の仕事は観客を見つけることなんですが、私は出資者、投資者、コプロデューサーなどのステークホルダーを、ある意味で観客のように見ています。こういう作品がある、ではそれをどうやってしかるべきステークホルダーとつなげるか? 私の考えではこうです。 TPAMとのプロセスは光州の前にすでに始まっていて、丸岡さんはすでにコプロダクションについて学ぶこと、コプロダクションに関与することについて衝動あるいは意志を示していました。その上で、資金が確実なものになったとき、人々と協働する機会が生まれたわけです。コプロダクション、あるいはそのアレンジメントがどういう意味を持つのか、私たちには興味がありました。

私はずっとTPAMの一参加者でしたが、突然このプロジェクトに関わることになって、それはとても面白いことでした。丸岡さんやいろいろなプロデューサーたちとの個人的な関係もあったので、丸岡さんがどのように仕事をするのか見てみたかったということもあったと思います。これは単にプロデューサーとしての私が他のプロデューサーに対して持った興味ですね。彼らはどんなパラメーターを持っているのか、どうやって物事に文脈をつけるのか? 私の興味はそこにありました。

私にとって、コプロダクションはまさに人との関係でした。深くて意味のある関係に興味がありますが、それは大抵個人的なレベルから始まります。『Baling』は扱いやすい作品ではないと思います。見た人が作品を気に入ったと言ってくれると、みんなびっくりします。フェスティバルに招聘されるときには、そのフェスティバル自体がフィルターとして機能しているのだと思います。彼らが私たちを招聘するには具体的な理由があるはずで、それが作品の受容を助けてくれているんだと思います。

Photo: Hideto Maezawa

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キーホン・ロウ:ありがとうございました。はい、どうぞ。

参加者2:こんにちは。『Baling』をこの場で上演することの重要性についてマークさんとTPAMのチームにお伺いしたいです。これはマークさんがTPAMや『Baling』の招聘者に対して投げかけた問いでもありますが、なぜ『Baling』なのでしょう?

マーク・テ:広い意味での答え、それから具体的な答えをしたいと思います。広い意味で言えば、マレーシアで私たちは酸素を欲しています。マレーシアはとても興味深い、多様性のある場所です。私たちは歴史的にインドネシア、インド、中国という世界最大の3ヵ国から来ている人口で成り立っています。多様性や矛盾には事欠きませんが、同時に、私たちは世界でも最も視野の狭い[wanky]国民でもあります。自分たちが非常に多様で、多くの差異を包含していると思うあまりに、それに執着してしまっている。マレーシア最大のウェブサイトはMalaysiakiniというもので、マレーシア・ナウという意味です。オルタナティヴなニュースサイトなんですが、国際ニュースはゼロです。マレーシアの政治と経済だけしか取り上げませんが、それがマレーシアでは最も訪問されるウェブサイトなんです。これは大きな問題です。世界が巨大な金融危機に直面しているとき、ギリシャやヨーロッパで起きていることを私たちは認識していないんです。酸素を欲しているというのはこういう意味です。

『Baling』のプロジェクトに関して言えば、それをさまざまな場所で上演する機会というのは — それがコプロダクションなわけですが — 私たちにとっては、自分たちも少しは関与しているのかな、と思わせてくれるものです。控えめに言っているつもりなんですが、自分たちもある種の酸素足り得ているのではないかと。これは共同で仕事をするときに役立つ考え方ではないかと思います。私たちはとてもナーバスで心配していましたが、共産主義者の問題というのはどこにでもありますからね。観客はどんな文脈の公演であっても自分の文脈で読み込んでくれる。それはもちろん分かります。ただ、自分の歴史を誤ったやり方で伝えたくはないというだけです。これが具体的なほうの答えです。答えになっているといいんですが。

Photo: Hideto Maezaqwa

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丸岡ひろみ:私としては、『Baling』と『Dancing with Death』の両方についてご返答するべきだろうと思います。アジア・フォーカスを始める前に — コプロダクションについては長い話になってしまうので割愛しますが — ただ頑張るだけでは国際的なネットワークを拡張できないという長い時期がありました。北米とヨーロッパとのネットワークは早い段階で作っていましたが、アジアの同業者に会うのはいつもヨーロッパでした。TPAMのディレクターとしての自分の仕事はアジアのネットワークを作ることだといつも思っていたんですが、お金を含むいろんな理由で、本当にはそれができていませんでした。

オリンピックが日本で行なわれることが発表され、アジアセンターが創設されたことで、私たちはアジアにフォーカスすることができたわけですが、それまでに一緒に仕事をしたことのあった多くの仲間から、「いつからあなたたちはアジアの一部になったのか」「ひろみ、あなたは一体アジアの何を知っているのか」と言われました。それは、私ととても近しい人々が気前よく私と共有してくれた問いであって、私も同じことを思いました。

同時に私は、国際的なプラットフォームとして、私たちはローカルな特性を重視することはそんなに必要ではないのではと思っていました。何もかもをローカルな文脈で理解するというのは、そんなに意義のあることではないのではと。グローバルとまでは言いませんが、TPAMの公演プログラムを根拠づけているのは、それがオルタナティヴな価値観の可能性を少なくとも示唆するということだと思っているんです。

ピチェの場合、私たちは彼と長い間仕事をしてきたとは言えません。でも私は彼の作品が好きで、あるいは尊敬していますし、彼も他のディレクターによるTPAMディレクションのプログラムに以前参加してくれていました。ピチェも同意見かどうかは分かりませんが、彼は地域的なるもの、ローカルなものという伝統的な概念とは違う、あるいはそれらに依拠しない、さまざまな価値観を提示する可能性を持ったアーティストだと思っています。

マークとジューンとは、10年ほどの付き合いになります。これまで何度も話をする機会があり、それで私は、さまざまな宗教やイデオロギーが複雑に共存しているアジア地域で作られた作品、そしてファイブ・アーツ・センターのマレーシアでの活動とパブリックな支援を受けている芸術活動との関係は、TPAMのプロフェッショナルな参加者にとって、これから何をどのように共有していくか考える助けになるだろうと思うようになりました。より簡単な理由としては、私がマーク、ジューン、ファイブ・アーツ・センターやソンヒを信用しているということがあります。私がこのプロダクションに体重を乗せられると思ったのはそれも大きいです。

キーホン・ロウ:ここで、今日私たちにこの場所で集う機会を与えてくれたTPAMと国際交流基金アジアセンターに感謝の気持ちを表して、まとめとしたいと思います。また、ピチェとマークにも、率直に話してくれたこと、作品を共有してくれたことに感謝したいと思います。みなさん、ありがとうございました。

マーク・テ:キーホンにもお礼を言いたいと思います。面白い質問や挑発をありがとうございました。

キーホン・ロウ:来てくださって本当にありがとうございました。ではまた今晩Amazon Clubでお会いしましょう。

Photo: Hideto Maezawa

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